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今回は、ひぐらしのさと周辺で行われる秋祭りを記事にしよう! ということで、例祭が行われていた根津神社を詣でました。残念ながら例祭当日は、朝から小雨が降るあいにくの天気でしたが、雨にも負けず、神輿を担ぐ漢(おとこ)達の有志を拙筆ながらレポートしたいと思います。
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拝殿にお参り
お祭りの日だけあっていつもより人手が多い? のかな。 |
由緒正しき根津神社
根津神社(ねづじんじゃ)は、東京都文京区根津にある神社。「根津権現」とも呼ばれている。日本武尊(やまとたけるのみこと)が1900年近く前に創祀したと伝える古社で、東京十社の一つに数えられている。境内はつつじの名所として知られ、近隣には森鴎外や夏目漱石といった日本を代表する文豪が近辺に住居を構えていたこともあり、これら文豪に因んだ旧跡も残されている。社殿は1705年の創建で、江戸幕府五代将軍・徳川綱吉による普請とされ、権現造(本殿、幣殿、拝殿を構造的に一体に造る)の傑作ともされている。社殿7棟が国の重要文化財に指定されている。近代文学の諸作品にも描かれてさらに知られるようになった。
(フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より)
今日訪れた根津神社は、今から1900年余の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社で、文明年間に太田道灌が社殿を奉建したものです。 そう思って神社内に足を踏み入れると、とても厳かな雰囲気に身が引き締まります。
江戸時代五代将軍徳川綱吉は兄綱重の子綱豊(六代家宣)を養嗣子に定めると、氏神根津神社にその屋敷地を献納し、世に天下普請と言われる大造営を行ないました。現在の権現造りの社殿・唐門・楼門・透塀等がこれで、昭和6年国宝(現重文)に指定されています。祭神は須佐之男命・大山咋命・誉田別命・大国主命・菅原道真公などです。
徳川家宣の産土神として天下祭りに数えられたこともある大社で、現在地に遷宮されてから300年の歴史があるそうです。
それでは、例祭のお神輿を見に行く前に、ちょっと境内を散策してみましょう。
根津神社境内散策
まず、表参道口の鳥居(下の写真左上)。今日はお祭りのため、ちょうちんで見えなくなっています。そして、楼門(国指定重用文化財)の正面右側の随身は水戸光圀公がモデルと伝えられているそうです(写真右上)。拝殿近くにある願掛けの榧(かや)の木(写真左下)には、東大が近くにある土地柄もあり、「東大○○部に合格しますように」などのお願いが目立ちます。写真右下の神楽殿ではちょうど例祭の神楽が披露されていました。
つつじ苑
根津神社でもとりわけ有名なつつじ苑。毎年春になると約2,000坪のつつじ苑には、約50種3,000株のつつじが咲き、甘酒茶屋、植木市、露天が並びます。また土日祭日には野点、箏曲、和太鼓、奉納演芸等、各種行事が執り行われているので、必見です。
見頃は4月下旬前後(その年の気候により、かなり異なる。)、種類が非常に多く、開花時期が違うため、早咲きから遅咲きへと花が移り変わり、長い期間様々なツツジを楽しむことができます。
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| つつじ苑・春のつつじ祭りの頃には満開に |
乙女稲荷神社
乙女神社は、奉納された鳥居が幾重にも連なっていてとにかく壮観です。結構、時代劇などの撮影にも使われているようで、神社内を歩いていると、なんとなく以前にも目にしているようなデジャヴが…。
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| 鳥居が幾重にも連らなっています。鳥居はあまり大きくないので、大人がすれ違うにはちょっと厳しい。 |
駒込稲荷神社
駒込稲荷は、元々は綱重公の邸内社だったものだそうです。手水舎の屋根には、三葉葵の紋が残っており当時のことが窺がわれます。木々が鬱蒼としており街中の喧騒とは無縁、といった感があります。
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| 狐は長い年月をかけて風化されたのか、猫にみえるような気も…。 |
胞衣塚(えなづか)
六代将軍家宣の胞衣を埋めたところと伝えられ、十数箇の割り石が雑然と積み重ねられています。文京区指定文化財になっています。ちなみに、徳川家康の胞衣塚は愛知県の岡崎にあるそうです。
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| 胞衣塚(左)とその説明(右)。じっくり読んで、歴史をかみしめよう! |
透塀
社殿周囲を囲む塀。名称の由来は格子部より向こう側が見えることによるそうです。
総延長200 m、300年を経てなお寸分の狂いを生じさせない昔の徹底した基礎工事の内容が近年の調査で判明しています。国指定重要文化財。
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| 大きなイチョウの木などもあり、秋が深まると紅葉スポットにもなり、ウォーキングコースによさそう。 |
急ぎ足で、境内を散策した模様をレポートしました。いかがでしたか? 秋晴れの休日に散歩に出かけるには静かで最高のロケーションです。
次回は、例祭の模様をレポートします。
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